比律濱倶楽部の泣き笑い
元フィリピンパブの店員です。 どういう風になっていくか、自分でも分りません。 ただの愚痴にだけはならない様にしたいと思います。 宜しく。
パコのマーケット
マビニ通りからロビンソンに曲がる。
そのままマッスグニ進むと、
LRT(高架鉄道)の駅(Pedro Gil)があるTaft Ave(タフトアヴェニュー)に出る。
そのまま、まっすぐ行くと、パコの商店街になる。
マビニからすぐそばなのに、なぜか外国人の姿が全く見当たらない。
現地のフィリピン人ばっかりの、いかにも現地の生活の風情が感じられる。

生活雑貨や食料品の屋台が所狭しと並んでいる。
寂れた感じの映画館が4件ほど道の両側にあった。
バクラが出没して観客にサービスしていたりするらしい。
(怖いから入ったことは無い。)

私のお気に入りの場所の一つだった。
動物園
マニラにはMANIRA ZOOという動物園がある。
マビニ通り、マラテ教会とハリソンプラザの中間に位置する。

マビニのアンバサダーホテルあたりから、
空港方面に向かって歩くと大体10分くらいの場所だった。

入口の前に小さな公園があって、現地の人がゲートボールをやっていた。
実はゲートボールの指導は現地在住の日本人がやっていたのだが、
何処から見てもフィリピン人にしか見えない人だった。

で、動物園だが、これが30年ほど昔の日本の田舎の動物園のような風情で
なんとものんびりとした感じで、
普通の親子連れやカップルが訪れるような所だった。

マニラでよく見かける外国人の姿が無くて、うるさいポン引きや物売りの類も無かった。
ケージだけで動物の姿が無かったり、あまり整備されていなくて薄汚れていたり
それほど沢山の種類の動物がいるわけでも無かったが、
なんとなくほっとできる場所で、私は大好きな所だった。

いつになるか判らないが、今度マニラに行ったら、又訪れたい所である。
パレンケ(市場)のこと
市場に買い物に行くのが好きだった。

現地の人たちが普通に買い物をするところなので、
本当の現地物価がよくわかる。
マグロのサクが、1キロ500ペソだったり海老が1キロ200ペソだったりした。

豚肉や牛肉もとても安かったが、正直あまり美味しくなかった。
野菜も意外に高くて、しかも大きさも味も形もほめられた物ではなかった。
「農産物という物は、生産者の力量に左右される」という事を実感させられた。

後に、共にフィリピンに行った元農協職員氏が
「なんだ?こりゃぁ!」
と驚くような野菜ばかりだった。

それでも、昔の日本の朝市のような雰囲気は活気があって楽しかった。

果物はさすがに安くて美味いものが豊富にそろっていて、
フィリピンではビタミン類は果物で補給するのが正解だな、と今でも考えている。

昼間の生活
昼間は知人のアシスタントというか、
はっきり言うと丁稚をしていたのだが、のんびりとしたもので
ケーブルTVのNHK国際放送を見る時間が一日の中で一番長かった。

食事はほとんど自炊で、
パレンケ(市場)や韓国食材店、日本食材店、ロビンソンデパートの食材売り場などに
買い物に行っていた。

どこも歩いて数分で行ける、とても便利な場所だった。

しょっちゅうマニラ在住の日本人が訪ねてきては、一緒に食事をして行った。
誰もこない日のほうが珍しいくらいだった。

日本では会った事の無い色々な人がきて、なかなか面白いのだが、
詳しく書くと差し障りもあるので残念だが書けない。

ただ、何処に行ってもドロドロとした勢力争いや権力争いは有るのだなぁ、と思った。
カラオケ KTV
日本のPパブと同じようなお店、
カラオケショーパブに入ったのも初めてだった。
日本では行ったことが無かった。

マラテの日本食材店「はっちん」の隣にある「オーディション」が、
私が初めて行った店だった。

「イラッサイマセー」で出迎えられた「オーディション」では、
殆どの女の子が拙いながらも日本語を話し
日本語のカラオケが歌えて、ショータイムもちゃんとやっていた。

普通に飲んで歌って女の子と話して・・・・・
「ああ、なんかたのしいなぁ。」
という感じで時が過ぎた。

毎晩のように夜の街に繰り出す人たちの気持ちが初めて判った。

連れ出しは出来ない店だったのでそのまま帰ったが、
今まで、日本では飲み会などで出歩くのは苦痛でしかなく、
「夜遊びって、楽しいものなんだなぁ。」
と、30もとっくに過ぎた私はフィリピンで初めて思った。

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